Data-backed → Data-assisted → Data-driven

最近自分の中でテーマとなっているのは,データ解析の意義である.

世の中を見渡せば,データは大量に作られており,そのデータに基づいた解決されうる課題は多くある.特に,最適化は実際あらゆる場所で使用されており,それを基礎とするAIと呼ばれてしまう機械学習の手法は未来だと考えていた.

データで客観的な議論が可能であり,サッカー界・スポーツ界でデータドリブンなカルチャーを作るために大学サッカー界の分析から牽引していくという目標間違っているのか.
サッカーのデータを見るようになって2年.少し疑問を抱くようになった.

なぜなら,私の周りのエキスパートたちがデータをあまり気にしていることに気づいたからだ.

最初は違和感だった.
遠くを見れば,フェイスブックやグーグルといった企業はAIに力を入れ,世界をリードしている.IBMはデータを現代の通貨と呼んでいた.しかし,私の周りの成功者は一貫して “Data is not answer”という態度を取っている.だがそれは決してデータに基づいた分析をないがしろにしている訳ではなかった.むしろ逆で,全員データを重宝していた.

データを重要視しているのの,あえてデータドリブンにならないところに違和感を知った.人間の主観はやっぱりスーパーだとかれら言う.AI,ビッグデータ,機械学習はハイプだ.悪い状況にデータを投げてもAIは何も改善しない.

僕の周りの成功者はこれを理解している.だから,データを信用していない.

様々なトリックを使えば,データを主張をバックする根拠としてはもう使えない.データという言い方は包括的すぎてよくない.

ただのデータは主観をバックアップするものではない.

データは客観的な答えを構成すためのツールでそこに主観が先行すると結果がよごれる.バイアスがかかる.

周りの成功者がハイプを避けてるのは分かる.しかし,一歩先により良いデータの使い方がある.

data-backed decision making

data-assisted decision making

data-driven decision making

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